1994年6月28日 松本市北深志の住宅街でサリンが散布され8人死亡・約600人負傷の甚大な被害が発生した 当初は原因不明で混乱し第一通報者への誤った疑いも広がった – 長野県松本市

現場

〒390-0872 長野県松本市北深志1丁目13−22 裁判所官舎

概要

1994年6月27日深夜から翌28日早朝にかけて、長野県松本市北深志の住宅街でサリンが散布され、8人が死亡し約600人が負傷する事件があった。当初は死因となった物質が特定できず、「ナゾの毒ガス」と報じられ混乱が広がったという。翌28日、長野県警は第一通報者である河野義行さん宅を被疑者不詳のまま家宅捜索し、連日取り調べが行われたが、後にサリンであることが判明した。オウム真理教は長野地裁松本支部の裁判官宿舎を狙ったとみられるが、周辺の住宅やマンションにも被害が及んだ。事件から14年後には、負傷の治療を続けていた河野さんの妻が亡くなったことも報告されている。

事件のWikiledia

1994年6月27日の深夜から翌日6月28日の早朝にかけて、長野県松本市北深志の住宅街で、化学兵器として使用される神経ガスのサリンの散布により8人が死亡、約600人が負傷した(負傷者は松本市地域包括医療協議会調査での数[3]。刑事事件の裁判では迅速化のため負傷者は144人とされ、1997年12月には訴因変更によってさらに絞られ4人とされた[4])。

事件から14年後の2008年8月5日、本事件による負傷の加療中であった河野義行の妻が死亡した[注釈 2]ため、以降この事件による死者を8人とする事例がある。

オウム真理教が当初目的としたのは、長野地方裁判所松本支部田町宿舎(北深志一丁目13番22号:座標)[注釈 3]であるが[7][8]、同宿舎とは無関係の明治生命保険(現:明治安田生命保険)寮や一般マンションである開智ハイツ、松本レックスハイツにも被害者を出した。

事件発生直後は犠牲者の死因となった物質が判明せず、またその物質の発生原因が事故か犯罪か、あるいは自然災害なのかも判別できず、新聞紙上には「松本でナゾの毒ガス7人死亡」という見出しが躍った。

6月28日、長野県警察は第一通報者であった河野義行宅を、被疑者不詳[9]のまま家宅捜索を行ない、薬品類など数点を押収した。さらに河野には重要参考人としてその後連日にわたる取り調べが行われた。また、被疑者不詳であるのに河野を容疑者扱いするマスコミによる報道が過熱の一途を辿る。

7月3日、ガスクロマトグラフィー/質量分析(GC/MS)により、散布された物質がサリンであると判明した。

松本サリン事件 - Wikipedia

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