事件現場の住宅 今も残されている
〒157-0065 東京都世田谷区上祖師谷3丁目23 祖師谷公園
事件の概要
事件の概要
2000年12月30日夜から31日未明にかけて、東京都世田谷区上祖師谷三丁目の住宅で宮沢一家4人が何者かに殺害された。
被害者は父親(当時44歳)、母親(41歳)、長女(8歳)、長男(6歳)の4人であり、侵入した犯人による包丁や絞殺による凶悪な手口で命を奪われたとされる。犯人は住宅に侵入後、数時間その場に滞在し、冷蔵庫の飲食物を食べ、家族の物を散乱させ、遺留品や自身の物品を残したまま逃走した。犯行時間帯は午後11時頃から翌日未明にかけてと推定される。
警視庁は大規模な捜査を継続し、指紋やDNAなど複数の証拠は得られているものの、犯人の特定や逮捕には至っていない。
捜査本部は2025年現在も情報提供を呼び掛けており、最大2,000万円の捜査協力報奨金制度が設定されている。事件は日本でも最も注目される未解決事件の一つとされる。遺族や関係者は真相解明を願い続けているという。
情報提供は「警視庁 成城警察署 上祖師谷三丁目一家4人強盗殺人事件特別捜査本部」まで 電話:03-3482-0110(代表)
事件現場である被害者宅の建物について
被害者宅は 隣家と外観が一体的に見えるが内部は壁で隔てられ行き来できない「完全分離型二世帯住宅」 であり、構造は1階・中2階・2階・屋根裏部屋(ロフト)の4層から成る。1階玄関を入ると書斎があり、中2階には浴室・洗面所・トイレ・子供部屋、2階には台所・居間があり、最上部の屋根裏部屋には母親と長女が寝ていた。階段や内部のレイアウトは複雑で、警視庁は 2013年12月に3Dプリンターを用いた住宅模型を制作し公開 し、捜査資料として活用した。これにより犯行の動線や家族がどのように生活していたかが詳細に可視化された。
ガレージは1階部分にあり、事件当時シャッターが閉まっていたため犯人がそこから侵入した形跡は確認されていない。玄関には防犯用ライトが点灯するセンサーや特殊鍵が設置されており、防犯対策は施されていた。犯行後、被害者宅に残された犯人の遺留品やDNAは多数あるものの、決定的な犯人像には結びつかず、警視庁は情報提供を呼びかけ続けている。
事件が発覚した時の状況
事件は翌31日午前10時40分ごろに 被害者の妻の母親(実母)が自宅隣の被害者宅を訪れた際に発覚 し、家族4人の遺体が発見された。父親は1階階段下で外出着姿(片足が裸足)で発見され、母親と長女は中2階の階段踊り場付近、長男は中2階の子ども部屋でそれぞれ寝巻き姿だったとされる。
遺体発見に際して実母は幻視的に触れた部分もあり、警察の現場検証が一部制約された。父親の遺体の上には引き出しが載せられており、母親の遺体は全体が黒っぽい山のように見えたと証言されることから、衣服や物品が遺体に覆われていた可能性が示唆されたが、 警察到着時にはすでに一部が動かされていたため顔まで確実に覆われていたとは言えない とされる。また、長男の遺体には布団が頭部から被せられており、長女は顔を下向きにして死亡していたという。このように遺体が部分的に覆われていた状況については、一般に犯人が被害者と面識のある場合に見られる行為と指摘する報道もあるが、断定された見解ではない。
現場は血の海のようではなかったと遺族側が述べている。さらに、 事件当時の電気の点灯状況について複数の証言があり、 新聞配達員が31日早朝に配達した際には玄関の電気が消えていたとの報道がある一方で、被害者の実母が現場に到着した際には電気がついていたとの証言も伝えられている。また、通行人の証言として未明には家屋の電気が消えていたという記録も報じられ、犯人が未明に現場から立ち去った可能性の一部として取り上げられている。世田谷一家殺害事件は国内で最も注目される未解決事件のひとつとして捜査が続けられている。
犯行・犯人の行動について
警視庁の捜査1課および特別捜査本部は犯人の住宅への侵入・逃走経路について長年調査してきたが、複数の説が存在する。最も捜査の中心となっているのは、被害者宅裏側にある公園側の中2階浴室の窓からの侵入・逃走である。事件発覚時、この浴室窓だけが開いており、網戸が外れて住宅裏の公園フェンス付近に落ちていたことが確認されている。捜査本部が実施した検証では、フェンスや給湯器、塀を足場にすれば地上から窓に到達し、中2階の浴室窓から無理なく出入りできる可能性が示された。浴室窓真下の地面からは犯人と類似する靴跡が発見され、木の枝が折れていた痕跡も確認されたことから、この窓が侵入・逃走経路として最も有力視されている。
一方で、玄関からの侵入説も一部で指摘されている。事件当初、警察や救急隊が現場に到着した際に状況が踏み荒らされ、侵入痕跡が損なわれた可能性があるとする報道もある。また、浴室窓を通過した形跡として通常付着すると想定される衣類の繊維痕が窓枠に残っていないことや、浴室の床面に足跡が確認されていないとする指摘もあり、浴室窓侵入には矛盾点があるとの見方も存在する。それに対し、玄関侵入説では当時玄関扉が施錠されていたが、犯人が知人などであれば家族に開けてもらって侵入した可能性や、血痕の状況などが指摘されている。
事件発生時刻に関しては、被害者の胃内容物等から 12月30日午後11時30分ごろ〜31日午前0時過ぎと推定 されている。犯人はまず中2階の子ども部屋で長男を殺害、その後1階に移動して父親を襲い、最後に屋根裏部屋で母親と長女を殺害したとみられる。この一連の行動後、犯人は現場に数時間留まり、家族の冷蔵庫から飲食物を取ったり、トイレを使用したり、家のコンピュータを操作したとの多数の報道もあるが、これらの詳細は今回のテーマ(侵入・逃走経路)には含まない。
捜査本部は24年以上にわたり浴室窓からの侵入を中心に捜査を継続しており、遺留品の公開や情報提供の呼びかけを続けているが、未だ犯人の特定には至っていない。
凶器について
犯人が複数の包丁を使い分けて犯行に及んだことが判明している。捜査関係資料や血痕鑑定などから、犯人は自宅外から柳刃包丁を持ち込んだとみられ、最初に父親を襲った際、この柳刃包丁の刃が数ミリ欠けたという。その後の犯行過程で柳刃包丁は完全に折損したとされている。
このため犯人は、被害者宅の台所にあった文化包丁を新たな凶器として使用した。血痕や傷の状態の分析から、母親と長女は、まず先端の折れた柳刃包丁によって傷を負わされ、その後、文化包丁によって致命傷を負わされたことが明らかになっている。
これらの事実から、犯人は計画的に刃物を持参して侵入した一方、犯行中に凶器が破損したため、現場にあった包丁を使用するという臨機応変な行動を取っていたことがうかがえる。凶器の使い分けや破損状況は、犯人像や犯行の激しさを示す重要な要素として、現在も捜査資料の一部となっている。
犯行後、現場に留まった犯人の行動
犯人が一家4人を殺害した後も、被害者宅に長時間とどまり続けていた可能性が指摘されている。被害者宅のパソコンの通信記録などから、犯人は侵入後、最大で翌朝まで10時間以上現場に潜伏していた可能性があるとみられてきた。ただし、その後の再現実験や解析により、31日午前1時18分ごろの最初のインターネット接続以降、夜間のうちに犯人が逃走した可能性が高いと2014年に報じられている。
犯人は逃走前に被害者宅の電話線と電源プラグを抜いており、電話が通じないことを不審に思った母親の実母が訪問し、合鍵で室内に入ったことで事件が発覚した。
犯行後、犯人は家の中を広範囲に物色していた。2階居間ではキャッシュカードや通帳、身分証などが仕分けされ、引き出しは下段から順に開けられていた。中2階の浴室では、仕事関係や塾の書類、領収書、生理用品、タオル、アイスの容器などが浴槽内に散乱しており、不要な物を捨てる、あるいは浴室内で仕分け作業をしていた可能性が指摘されている。書類や広告類はハサミや手で細かく引きちぎられていた。
犯人は犯行中に右手を負傷しており、救急箱を物色し、絆創膏やタオル、生理用品を用いて止血した形跡が残されていた。血の付いた絆創膏の一部は、居間にあったノートの裏に貼り付けられていた。
また、犯人は被害者宅の冷蔵庫から麦茶、ハム、メロン、アイスクリームなどを飲食していた。アイスクリームはスプーンを使わず、容器を手で潰して食べた形跡があり、複数の場所から空容器が見つかっている。一方で、ビールや大量のコーラは手つかずで残されていた。台所には唾液が付着したコップや、ガムを噛んでいた痕跡も確認されている。
さらに、犯人はトイレを使用し、排泄物からは被害者一家の食事内容とは異なる野菜の胡麻和え由来とみられる成分が検出された。2階居間のソファでは仮眠した痕跡も残されていた。
パソコン操作については、犯行前後に複数回インターネット接続の記録が残されており、被害者の会社のサイトや大学研究室、官公庁関連サイトなどが閲覧されていた。劇団四季のチケット予約を試みた可能性も指摘されている。マウスから犯人の指紋が検出された一方、キーボードからは検出されていない。電源プラグは人為的に引き抜かれた可能性が高いとされ、通信記録は犯人の行動を示す重要な手がかりとして捜査が続けられている。
逃走経路について
被害者宅からの犯人の逃走時刻については複数の分析がある。当初、被害者宅のパソコンの通信記録から、犯人は31日午前10時すぎから午前10時56分ごろまでの間に逃走したと推定されていた。しかし、その後の再検証で、午前1時18分ごろにパソコンが操作された記録があることから、犯人が夜間のうちに現場から立ち去った可能性が高いとする見方が報じられている。実際、通行人の証言として被害者宅の電気が未明に消えていたとの証言もあり、犯人が早朝まで現場にとどまっていなかった可能性が指摘されている。
逃走後の移動手段や経路は特定されていない。被害者宅周辺には複数の鉄道駅(小田急小田原線の成城学園前駅、祖師ヶ谷大蔵駅、京王線の仙川駅、千歳烏山駅)やバス路線があり、犯行後にこれらを利用した可能性も指摘されるが、確証はない。仙川沿いの側道など複数の経路が現場から主要交通機関へと繋がっているが、警視庁が公式に逃走経路を断定した情報は公表されていない。
また、東武日光駅での目撃情報は長年にわたり話題となっている。事件発覚から6時間以上経過した31日午後5時26分着の快速電車で、右手に骨が見えるほどの深い怪我を負った30歳前後の男性が駅の事務室で治療を受けているとの情報が複数の報道や証言で伝えられているが、氏名や身元、怪我の原因は不明で、犯人との関連は公式には確認されていない。また、この人物の行方は捜査本部でも特定されていない。
捜査では現場に残された膨大な物証にも関わらず犯人の特定には至っておらず、逃走後の足取りも未解明のままである。警視庁は事件に関する情報提供を継続して求めているが、犯人像や逃走の際の行動については依然として多くの謎を含んでいる。
犯人の特徴について
現場に残された血液からは 血液型A型の男性 の血液型が特定され、このA型は被害者一家とは一致しないことが判明している。また、傷の状態などから犯人は 右利きの可能性が高い とみられている。
服装や遺留品の状況から当初、警視庁は犯人を 身長約170センチ前後、細身の若い男性(15歳〜20代) と推定していた。これは中2階の浴室窓からの侵入や遺留品の販売時期、ベルト・マフラーのサイズなどから導き出されたが、これらの特定には限界があるとして捜査は継続された。
重要な進展として、2025年の 最新DNAメチル化解析により犯行時の年齢が「30代」 であった可能性が示され、犯人は現在 50〜60代 に達している可能性が浮上している。これはDNAの年齢に関連する化学的変化を基にした解析であり、従来の若年層説を見直す新証拠として注目されている。
DNA解析による民族的特徴の推定では、犯人は 父系が東アジア系、母系に南ヨーロッパ沿岸地域やコーカサス地方のルーツの可能性 が示されている。犯人のY染色体ハプロタイプは日本や東アジア地域にみられるものの、その型に一致する国内人物は2000人以上のデータベースで確認されておらず、国外出身者である可能性や、国内でも希少な型である可能性が指摘されている。
現場に残された 黒色の毛髪 はDNAと一致しており、毛髪の長さや状態からバリカンで切断された痕跡があると報じられている。指紋も十数点発見されたが、警視庁の犯罪者指紋データベースと照合しても一致がなく、犯人が 前科のない人物である可能性 が高いとされる。
このように、犯人の特徴は血液型A型・右利き・身長約170センチ・細身の体型・複雑な遺伝的ルーツといった複数の要素で描かれているが、最終的な特定には至っていない。捜査当局は国際刑事警察機構(ICPO)を通じた国際捜査協力を行うなど、事件解決に向けた取り組みを継続している。
被害者宅のその後
現場となった被害者宅は、東京都立祖師谷公園に隣接する土地に建てられていた。敷地は事件前の2000年3月、公園拡張計画により東京都が買収していたが、建物自体はその後も被害者遺族が所有している。事件直後から警視庁は現場の重要性を考慮し、24時間態勢で警察官を配置して警戒に当たった。2001年11月には捜査継続を理由に、建物の取り壊し延期を遺族に要請している。
その後、建物は長期間にわたり未使用のまま残され、老朽化が進行した。2014年には倒壊や第三者侵入を防ぐ目的で防護ネットが設置された。警視庁は証拠保全が完了したとして、2019年3月から遺族と建物解体に向けた協議を開始したが、2023年時点でも建物は現存している。現在は東京都によって高さ約1.8メートルのオレンジ色フェンスと約3メートルの白色フェンスで二重に囲われ、施錠された状態で管理されている。現地には立入禁止の看板が設置され、防犯カメラによる監視も行われている。
一方で、事件現場を巡っては心ない行為も後を絶たない。落書きや現場付近を撮影した動画のインターネット投稿が問題視されてきた。2023年10月6日夜には、10人以上の高校生が敷地内に不法侵入する事件が発生し、警察が捜査した結果、関係者を書類送検した。
さらに2025年12月13日朝、警視庁成城署の捜査員が巡回した際、1階玄関脇の窓ガラスが割られ、室内に土足で侵入したとみられる足跡が残されているのを発見した。2階では荷物が動かされた形跡も確認された。通常は施錠されている玄関の鍵が開いていたことから、何者かが窓ガラスを割って侵入し、室内を物色した後、玄関から逃走した可能性があるという。警視庁は器物損壊および不法侵入の疑いで捜査を進めている。
未解決事件の現場は現在も厳重に管理されているが、事件から四半世紀を経た今も、その存在が新たな事件や問題を引き起こしている。
懸賞金について
未解決のまま長期間が経過していることから、警視庁は2007年12月14日、この事件を捜査特別報奨金制度(公的懸賞金制度)の対象事件に指定した。これにより、事件解決や犯人逮捕につながる有力な情報を提供した人物には、警視庁から最大300万円の懸賞金が支払われることとなった。
さらに2010年12月16日以降、遺族や支援者らによる「事件の捜査に協力する会」が私的な懸賞金制度を設け、公的懸賞金に加えて最大700万円が上乗せされた。これにより、当時の懸賞金総額は最大1000万円となった。その後も私的懸賞金は増額され、2014年12月にはさらに1000万円が追加された結果、犯人逮捕に結びつく情報に対して支払われる懸賞金は、公的・私的を合わせて最大2000万円に達している。
捜査特別報奨金制度は1年ごとに適用期限が設定されているが、本事件については2008年12月以降も毎年更新が続けられている。警視庁は現在も特捜本部を中心に情報提供を呼びかけており、事件解決に向けた捜査は継続中である。
関連情報
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%94%B0%E8%B0%B7%E4%B8%80%E5%AE%B6%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
(英語)https://en.wikipedia.org/wiki/Setagaya_family_murder
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