ロケーション
事故が発生した八高線多摩川橋梁は、昭島市と八王子市を繋ぐ多摩川をまたぐJR八高線の橋。国道16号線の拝島橋と多摩大橋の中間に位置し、昭島川には「大神公園」「くじら公園」「アキシマクジラ化石産出地」などがある。鉄道専用の橋のため、歩行者や車両は通行禁止となっている。
八高線多摩川橋梁での正面衝突事故とは
1945年8月24日、八高線小宮駅 – 拝島駅間にある多摩川橋梁で重大な鉄道事故が発生した。上り6列車(8850形8869号機牽引、客車5両編成)と下り3列車(8850形8853号機牽引、客車5両編成)が橋梁中央部で正面衝突したのである。
衝突の衝撃は激しく、テレスコーピング現象によって下り列車の機関車が上り列車の客車に乗り上げ、一両目を押し潰す形となった。下敷きになった車両には生存者が残されていたが、事故現場が橋梁上であったため救助は難航した。翌26日には救助を求める声も途絶えたという。
また、多数の乗客が多摩川へ投げ出されたこともあり、死者は少なくとも105名、負傷者は67名にのぼったと記録されている。当時は終戦からわずか9日後で、列車には通勤通学客に加え、復員兵や疎開先からの帰宅者も乗っており、満員状態であった。その多くが濁流に流され、遺体が海まで流されたとみられている。事故当日は激しい雷雨により多摩川が増水していたことも事態を深刻化させた。
- https://adeac.jp/akishima-arch/texthtml/d400010/mp400010-400010/ht050620
- https://adeac.jp/akishima-arch/top/space/spaceE/E13.html
- https://adeac.jp/akishima-arch/texthtml/d400010/mp400010-400010/ht050620
- http://www.mapbinder.com/Map/Japan/Tokyo/Akishimashi/Jiko/Jiko.htm
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心霊現象の噂
事故があった橋梁の近辺では、いくつかの心霊現象の噂が報告されている。
- 多摩川の濁流に流された乗客の霊がくじら運動公園にある高線衝突事故車両の車輪を見つめている。
- 深夜に川の中から苦しそうな声が聞こえる。
- 霊感がある人がこの付近にさしかかると体調が悪くなする。
- 事故現場に近い多摩川の川辺では深夜になると「助けて」と叫ぶ声が聞こえることがある。
八高線多摩川橋梁事故の原因
原因は、人為的な連絡不備によるものとされている。当日は朝から暴風雨で、信号機の故障や通信途絶が重なり、列車運行は大幅に乱れていた。
小宮駅では通信途絶により通票閉塞が使用できず、代用閉塞である「指導式」での運転が選択された。駅務員が徒歩で拝島駅へ向かい、上り列車の運転を指導する予定であった。しかし、その後下り列車を先行させる判断がなされ、別の駅務員が回送機関車に乗せられて拝島駅に派遣された。
拝島駅側では最初に到着した駅務員の情報を正しいと判断し、矛盾する二つ目の情報を誤記と解釈した。その結果、拝島駅は上り列車を発車させ、小宮駅は下り列車を発車させてしまった。こうして両駅の誤解が重なり、閉塞区間内に同時に二本の列車が進入し、正面衝突が発生したのである。
事故後の処理と遺物
衝突した車両は大破して牽引が困難となり、機関車2両はそのまま多摩川に落とされて処理された。その後、2001年に事故当時のものとされる車輪が川の中州から引き上げられた。2004年には河原の公園脇に設置され、事故の遺物として認知されている。
さらに2020年、昭島市は新たに事故報告書を作成した。戦後直後の混乱期に起きた鉄道事故として、現在も地域の歴史に大きな影響を残しているという。
関連情報・リンク
所在地・地図
〒196-0024 東京都昭島市宮沢町3丁目14−10先
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